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福岡高等裁判所 昭和34年(く)41号 決定

被告人 高田義新

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

しかし、勾留理由開示手続は勾留されている被告人、被疑者又はその特定の関係人等に対し該勾留の理由を告知するだけの手続であつて、もとより被告事件又は被疑事件につき裁判をするための手続でないことは憲法第三四条後段刑事訴訟法第八四条の文理に徴し極めて明らかである。従つて勾留理由開示手続においては不公平な裁判をする虞があることを理由として裁判官を忌避することは不適法にして許されるべきものでない。尤も右開示手続において被告人その他関係人の意見を聞いた結果勾留理由のないことが判明すれば、勾留取消決定をなすべきものと解されるが、該決定は右勾留理由開示手続とは法律上全く別個の関係においてなさるべきものであるから、かかる裁判のあり得ることは毫も前叙の判断に消長を及ぼすものではない。また本件勾留理由開示手続において、原審が弁護人よりなされた別件との併合請求を却下する決定或は裁判長の処分に対する異議申立を却下する決定をしたことは記録により明らかであるが、右各決定は勾留理由開示手続においてこれが処理につき派生的になされた裁判であるから、かかる裁判がなされ又はなされる可能性があるからといつて、勾留理由開示の手続を以て裁判手続となし、勾留理由開示手続において不公平な裁判をする虞があることを理由として忌避申立をすることは許さるべきでない。蓋し勾留理由開示手続においてなされた派生的裁判については別に定められた方法による不服申立を以てすれば足り、派生的事由のため基本たる勾留理由開示手続を混乱遅延せしめるのは本末を顛倒するものとの誹を免れない。してみると、勾留理由開示手続は裁判でないから同手続においては不公平な裁判をする虞があるという理由を以ては忌避できないとした原審の判断は相当である。

そして、かように忌避の理由となり得ない事由をとらえてなした不適法な忌避申立については刑事訴訟法第二四条第一項後段の規定を準用して処理すべきものと解すべきは、同条項が所定の如き理由による場合簡易迅速な手続を認めた立法趣旨に照らし首肯されるところであるから、忌避された裁判官は手続を停止しないで自らこれを却下することができるものであり(刑訴規則一一条)又右却下決定に対して即時抗告の申立があつても刑事訴訟法第四二五条の規定の適用はないものと解すべきである。されば、原裁判所が弁護人の第一回乃至第三回忌避の申立を前叙の如き理由により自ら直ちに却下して手続を停止しなかつたのは相当である。

更にまた、記録によれば、弁護人等が第四回乃至第六回に亘り不公平な裁判をする虞があるとして繰り返しなした各忌避申立に対し、原裁判所は従前と同一の理由の外に該申立は訴訟手続を遅延させる目的のみでされたことが明らかであるとの事由を追加し、手続を停止しないで自ら直ちに却下している。ところで、弁護人等は前示のとおり勾留理由開示手続においては不公平な裁判をする虞があることを理由として忌避申立はできないとして連続三回却下されており乍ら、敢えて種々言辞を構え牽強附会の事由を掲げ次々にこれと同一理由を以て忌避の申立をしたものであるから、かくの如きは手続を遅延させる目的のみでされたこと極めて明白であるといわねばならない。従つて、原審が右の如き措置に出でたのはまことに相当である。(なお、本件勾留理由開示手続終了以前において忌避却下決定に対する即時抗告が申し立てられた形跡は記録上認められない。)

叙上のとおり原審の措置には憲法違反その他の違法はなく、本件各抗告はいずれも理由がないから、刑事訴訟法第四二六条第一項に則りこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 藤井亮 中村荘十郎 横地正義)

申立の理由

一、昭和三十四年八月二十三日に右被疑者にたいして福岡地方裁判所でなされた勾留理由開示法廷において、弁護人等は福岡地方裁判所裁判官後藤師郎、同藤島利行、同高橋朝子は不公平な裁判をするおそれがあるものとして忌避の申立をなした。ところが右裁判官等は、勾留理由開示の手続は裁判ではないからという理由で、刑事訴訟法第二三条により弁護人等の右申立を却下する旨の決定をなした。

二、しかしながら、右却下決定は、つぎの理由により違法であるから取消さるべきである。

(一) 刑事訴訟法第二三条にもとずく決定には、忌避された裁判官は関与してはならないのに、右裁判官等はいずれも自ら自己にたいする忌避申立を却下する旨の決定をなした。このような却下決定は、刑事訴訟法第二三条第三項に違反している。

(二) 右裁判官等が勾留理由開示手続には裁判官忌避の制度が適用されないとして、弁護人等の忌避申立を却下するとの決定をなしたのは、勾留理由開示手続及び裁判官忌避制度の趣旨を誤解したもので、違法である。

裁判官は、勾留理由開示手続は裁判でないから「不公平なる裁判をなすおそれがある」という理由では忌避できないという趣旨を釈明したことは記録上明かである。

然るに本件勾留理由開示手続においては弁護人より申立てた併合手続の申立を却下する決定もすでになされ、爾後次々に裁判がなされることは充分に予想されたところであるので右の裁判所の見解は当らない。

若し勾留理由開示手続に忌避制度が全く適用されないとするならば、憲法第三四条で保障された国民が勾留理由開示を公開の法廷で請求するという人権の保障規定は無意味に帰することとなるので、右裁判所の見解は違法かつ違憲のものであるといわねばならない。

(三) 裁判官は訴訟遅延のみの目的でなされたことを理由として忌避申立を却下した場合、その他法定の場合を除いては、忌避申立却下決定にたいして即時抗告がなされたら、直ちに訴訟手続を停止しなければならないことになつている。(刑訴規則第十一条)しかるに右裁判官等は訴訟遅延のみの目的でなされた忌避申立でないことを認めながら、勾留理由開示手続が裁判でないからということを理由にして訴訟手続を停止しなかつた。

このような違法な訴訟の進め方をも理由にしてなされた忌避申立を却下した右裁判官等の決定は違法である。

以上の理由によつて原決定は違法のものであるので取消を求める次第である。

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